木曾
御嶽山
3067m
おんたけさん
2001年7月28日
長野県と岐阜県の県境で木曽福島付近
田ノ原〜王滝頂上〜剣ヶ峰〜二ノ池〜剣ヶ峰〜王滝頂上〜田ノ原
先週、前穂高岳に登れなかったので、登り残した三千メートル峰は、前穂高岳と南アルプスの悪沢岳そして木曽の御嶽山の三座になりました。その中で一番手軽な御嶽山を妻と登って来ました。御嶽山には幕場が無いので、20年ぶりの山小屋泊まりも経験することができました。
27日の夜、8時に帰宅し必要な物をバッグに詰め込み、8時半に八ヶ岳へ向けて妻と車で出発した。11時前に原村の家に着き、ビールを飲みながら山の支度をしていたら12時を過ぎてしまい、急いで寝る。
28日は5時半に起床し、御嶽山へ向かう。6時半に原村を出発し、茅野で中央高速に乗り、塩尻で長野道を降り、19号線を名古屋方面へ向かう。木曽福島の先で右に入り、車で一気に高度2200mまで登る。田ノ原には9時過ぎに着いた。下は曇りだったが、車で登るにつれ霧が濃くなり、登山口の田ノ原に着く頃には雨になってしまった。
幸い駐車場はまだ空いており難無く駐車する事ができた。外が雨なので車から出るのがおっくうになり、朝食のパンを食べたりウトウトしたりしていると1時間たってしまった。急いで雨具を付けて出発する。皮肉なもので、出発すると雨は止んでしまった。せっかく雨具を着たのに。
駐車場には沢山の観光バスが止まっている。団体でお参りに来た信者たちのバスである。登山口には白い衣装に「〜講」と書いた集団が沢山いる。この集団とともに平坦な道を山頂へ向かう。だんだん傾斜が増し枕木の階段になる。鳥居から道が狭まり山道になる。ここで雨具を脱いだ。
白装束の信者で混みあう御岳山の登山口。
傾斜が急になり、枕木の階段は続く。やがて枕木の階段が石の山道に変わると頭上の霧の中に山小屋のようなものが見えてきた。しかし、山小屋のように見えたのは霧のせいで、近くに行ってみると仏像を保護する囲いの小屋であった。よく整備された石の階段状の道をさらに登ると八合目の石室に着く。石室と言っても新しい木製の小屋で狭く、内部はベンチになっており、宿泊には向かない。
八合目の石室。
石畳の登りが続く。
八合目からしだいに傾斜がきつくなる。途中に一口水があり、大勢休んでいるが残念ながら水は涸れている。さらに登り九合目の石室に着く。ここの石室も小さな休憩用の小屋である。やがて頭上に山小屋が見えた。
王滝頂上の小屋が見えた。
すぐに王滝山頂に着いた。小屋の前を通り、石段を登り、人でごったがえす神社を過ぎると霧が晴れて目の前に御嶽山の山頂、剣ヶ峰が聳えていた。感動的である。
王滝頂上から剣ヶ峰を望む。
登山道わきの板敷の上に荷物を広げ、昼食にする。目の前では時々シューと音を出して火山ガスが吹き出しているのが見える。最近吹き出したもののようだ。さて、最後の登りだ。黒いヒトダマのようなモニュメントの脇を通って頂上へ向かう。枕木の階段が整備されていて歩きやすいが、疲れて立ち止まっている人も多い。
剣ヶ峰への登り。白い建物が旭館。
頂上直下の階段の右に今日の宿、剣ヶ峰旭館の入り口はあった。最近はきれいな山小屋が増えたが、ここ御嶽山の山小屋は昔ながらの古い小屋が多いようだ。
剣ヶ峰旭館の入り口。
小屋にチェックインして寝る場所を確保してから、不要なものを小屋に残してお鉢廻りに出掛けた。小屋から石段を登って頂上の御嶽神社に着く。
山頂への石の階段を登る。
山頂の御嶽神社。
これで3067mの御嶽山の頂上に立つことができた。眼下には水の涸れた一ノ池が見え、その左に、コバルトブルーの水をたたえた二ノ池が見える。いずれも昔、火口であった所だ。残念ながら霧のため周囲の山を見ることはできない。一ノ池の周りは外輪山になっているので、そこを通って二ノ池に降り、小屋に戻ることにする。
御嶽山剣ヶ峰の山頂にて。下に二ノ池が見える。
御嶽神社の社務所の左を通ってお鉢廻りは始まる。下りきった所から左に地獄谷が見える。谷底から水蒸気の吹き出す音が聞こえ、荒廃した眺めである。
地獄谷を覗く。
この先、岩だらけの外輪山の稜線はどこでも歩けるようで迷うが、右の火口側が歩きやすいようである。途中、小さなガリーに導かれて左の尾根に下りそうになる場所があるので注意が必要だ。
お鉢めぐり。
登山道は北側のピークから北へ下ってゆく。たいした傾斜ではないが、道がザレており正子が手間取っている。ここでコーヒーでもと思ったが、小屋の夕食時間の5時が近付いてきたのであきらめる事にする。道端には白いタタネミミナグサの花が群生している。二ノ池に降り立つとさらに花の種類が増え、お花畑になっていた。小屋の前を通り、剣ヶ峰へ向けて登り返す。一生懸命登り、何とか夕食に間に合った。
コバルト色の二ノ池を見下ろす。
夕食後、夕日を見に山頂へ行くが、残念ながら夕日は雲の中へ隠れてしまった。岩陰でスープを作って飲んでいるとしだいに霧が濃くなり暗くなってきたので小屋へ戻ることにした。まだ7時前だが、寝ている人が多いので我々も寝ることにする。少しカビ臭い布団だが、さすがにテントより楽に寝ることができた。
29日の朝は4時過ぎに目がさめた。窓から外を見ると暗い雲海の上に南アルプスと富士山が浮かんでいた。正子を起こして、着る物を全部着込んで頂上へ向かう。小屋から下を見ると登って来る人の灯りが続いている。頂上はまだそれほどの人ではなく、朝日と南アルプスが見える岩の上に陣取ることができた。手前から中央アルプス、南アルプス、富士山と重なっているが、その左には八ヶ岳が浮かんでいた。良く見ると一つ一つのピークの名前が解ってくる。日の出はそれほど感動的なものではないが、オレンジ色の空が広がってゆく過程が美しい。
朝の中央アルプス、南アルプスと富士山。
富士山の右は南アルプスの塩見岳。
木曽の御嶽山からのご来光。
太陽が上がり、場所を変えて反対側へ移ると、目の前に乗鞍岳が見え、その奥に北アルプスが広がっていた。これは感動的だ。乗鞍岳の左には、先週一度も姿を見せなかった笠ヶ岳が見えた。乗鞍岳の右には槍ヶ岳、南岳、北穂高岳、奥穂高岳、前穂高岳と手に取るように見える。吊尾根もはっきり見る事ができた。
北アルプスを後ろに従えた乗鞍岳。
今日は下るだけなので、小屋に戻って朝食を済ませ、一休みしてから小屋のおやじさんに挨拶をして小屋を出た。その時おやじさんが「今日は天気が良いから五ノ池まで行った方が良い」と言った言葉に乗せられて摩利支天の方まで行く事にした。まず二ノ池の小屋まで下り、ここにザックを置き、サブザックに水と貴重品とシャツを入れて賽の河原へ向かう。
北アルプスを正面に見ながら緩い斜面を下って行くと眼下に賽の河原が広がっている。急斜面を下り賽の河原に降り立つと意外に花が多く咲いていた。右を見るとU字の空間の向こうに浮かぶ南アルプスが印象的だ。賽の河原から避難小屋へ登り返すとお花畑が広がる。ここの避難小屋は新しく、20人は宿泊できる。トイレはあるが水は無いようだ。向こう側を見下ろすと、意外と下の方に三ノ池があった。
賽の河原を見下ろす。奥は剣ヶ峰。
三ノ池を見下ろす。
摩利支天へ続く頂稜の右のピークまで登ることにする。登山道の端にコマクサが咲いていた。少し元気の無いコマクサだが、こんな所で見られるとは驚きだ。祠のある頂上から見下ろすと水が涸れた五ノ池が見える。残念ながら四ノ池は山の陰で見えないが、緑の継子岳、乗鞍岳、槍穂高の眺めが最高に良い。
道端に咲くコマクサ。
賽の河原で南アルプスをバックに。
後ろ髪を引かれる思いで二ノ池に戻った。二ノ池からリュックを背負って少し登り返し、トラバース道を王滝山頂へ向かう。王滝山頂からは、登りと同じ道を田ノ口へ向かって下る。少し下ると、昨日よりは薄いが霧がでてきた。駐車場に着くと、駐車場はほぼ満車の状況だった。下って行くと駐車場の下の道の路肩に駐車している車もかなり有り、やはり遅く来ると駐車は困難なようだ。予想通り中央高速の渋滞にあったが、何とか選挙に間に合う時間に家に戻ることができた。
日帰りで歩けるコースだが、頂上に宿泊して広い頂上を散策する方が楽しめる。山頂には幕場は無く、避難小屋も限られているので小屋泊まりが基本になる。
7月28日 | 標高 | 到着 | 出発 |
原村 | − | − | 6:35 |
田ノ原登山口 | 2180 | 9:16 | 10:20 |
鳥居 | 2270 | 10:40 | 10:53 |
八合目 | 2530 | 11:33 | 11:44 |
一本 | 2690 | 12:13 | 12:20 |
九合目 | 2750 | 12:33 | − |
王滝頂上 | 2936 | 12:58 | 13:50 |
剣ヶ峰 | 3067 | 14:15 | 14:53 |
二ノ池 | 2900 | 16:39 | − |
剣ヶ峰頂上旭館 | 3067 | 17:02 | − |
7月29日 | 標高 | 到着 | 出発 |
剣ヶ峰頂上旭館 | 3067 | − | 7:05 |
二ノ池 | 2900 | 7:30 | 7:39 |
賽の河原避難小屋 | 2860 | 8:00 | − |
摩利支天山右の頂上 | 2930 | 8:18 | 8:33 |
二ノ池 | 2900 | 9:13 | 9:33 |
王滝頂上 | 2936 | 10:03 | 10:12 |
一本 | 2635 | 10:49 | 11:00 |
八合目 | 2530 | 11:20 | 11:27 |
田ノ原登山口 | 2180 | 12:22 | 12:29 |
自宅 | − | 18:00 | − |